CI☆5のチーム編成は誰が決めるのか。
それはボスたるコーレイの権限である。
一応、それぞれの経歴、及び性格等、細かいデータを検討し熟慮した上で決定されている筈だが、中には、アミダくじか何かで決めたのでは、としか思えないようなミスマッチもあった。
ボーディとドイルのチームも、外野に言わせれば、完全なミスマッチだった。
チームを組んで3ヶ月。ちょうどその頃、IRAの活動が激化していて、何度か銃撃戦にもつれ込んだ事件があったが、二人とも負傷する事無く処理してきた。
確かに、結果だけを見ていれば、このチームは成功といえるのかもしれない。しかし二人の相性という点からすれば最悪だった。
「お前って奴は、どうしてそうすぐブッぱなすんだっ!何でもかんでもブッ殺しゃそれで済むってもんじゃないんだぞ!」
「撃たなきゃこっちが撃たれてたさ。それとも、お前は、向こうの弾がこっちに当たるまで撃つなとでも言う気か?」
「殺す事はないって言ってんだ」
「生憎と、修羅場で急所外して撃つなんて上品な芸当は仕込まれてないんでな」
ドイルはヤード上がりである。
スコットランドヤードのお巡りさんと言えば、一応、丸腰が基本だ。とりあえず、警察の使命、及び任務は(たとえ、たてまえだけにしろ)犯人を逮捕する事で、ぶっ殺す事ではない。
が、一方のボーディは軍人上がりだ。
しかも、生き残る事が大前提の傭兵上がりで、やわなテロリストなら、名前を聞いただけで投降してしまうかもしれない、過激さにおいてはテロリスト以上と言う噂もあるSAS出身である。
クールで生真面目で、頑固な理想主義者の元刑事と、過激さがウリのお調子者の特殊部隊出身者では、上手くいく筈がないという外野の意見は正しかったのかもしれない。
とにかく、“殺られる前に殺れ”と言うボーディに、理屈ではわかっていても、ドイルがどうやっても納得できないのだった。

その日の任務は、犯人一味が潜んでいる家屋の捜索だった。仲間が周囲を固める中、ボーディとドイルが銃を構えて侵入する。数分後、ドイルは上手く犯人の一人を見つけ、その後ろにつく事に成功した。
「動くな!銃を捨てて手を上げろ!」
背後からいきなり浴びせられたお決まりの台詞に、男は両手を挙げてゆっくり振り向いた。見れば、まだ年若いその男は、銃を床へ捨てておとなしくしている。ドイルは銃を構えたまま、ゆっくり男に近づいて行った。
しかし、次の瞬間事態は急変した。前方の犯人に気を取られすぎていたドイルは、背後から狙いをつけている男に気が付かなかったのだ。
「ドイル!後ろだっ!!」
ボーディの声に、咄嗟に手近な家具の陰に飛び込んだドイルの頭上を弾丸が掠める。同時にボーディが発砲した男を射殺したが、そのわずかな隙に、もう一人が捨てた銃を素早く拾い、ボーディを撃った。
銃を構え直したドイルの目に、撃たれて吹っ飛ぶボーディの姿が飛び込んで来た。間髪をいれず目の前の犯人を射殺し、ドイルはボーディに駆け寄った。
「ボーディ!!」
犯人の銃は、確かにボーディの胸を撃ち抜いた。不安に押し潰されそうになりながら、動かない相棒を抱き起こし、揺さぶる。
「ボーディ!しっかりしろ!おい!ボーディ!!」
この時、ドイルがもう少し冷静だったら、撃たれた筈のボーディの銃創から出血がない事に気が付いた筈だが、目の前で相棒が撃たれたのだ。落ち着け、という方が無理だろう。
着弾のショックで一時的に意識を失ったボーディは、ドイルに呼び起こされて意識を取り戻した。頭を軽く振ると、焦点の定まらない視点をドイルに合わせる。その途端、ボーディの視線は微かな驚愕の色を含んだままドイルに釘付けになった。
目の前のドイルは今にも泣きそうな瞳でボーディを見つめていた。
「ドイル、心配してもらって悪いんだがな。大丈夫だから手を放してくれねぇか」
ボーディの声で、ドイルが少し顔を赤らめながら離れると、撃たれた筈のボーディが事も無げに立ち上がった。
「当分オヤジにゃ頭上がんねぇな」
「え?」
訳がわからず当惑するドイルの前で、ボーディは自分のシャツをはだけて見せた。そこには、しっかりと弾を食い止めた防弾チョッキがあった。
「お前…、それ…」
「オヤジに脅されてな、お前みたいな無鉄砲はこれつけなきゃ本部から出すわけにはいかんって。ま、新しい防弾チョッキのテストでもあるって言われたんで承知したんだが、こいつのおかげで命拾いした事には変わりねぇもんな」
「…。なんで助けた」
「さあな、咄嗟だったからわかんねぇよ。とりあえず相棒なんだから、見殺しにする訳にゃいかねぇだろ」
「すまん…」
珍しくもしおらしく謝るドイルに、かえってボーディの方がテレて焦ってしまった。その為テレ隠しに言った台詞が、何となく打ち解けかけていた雰囲気をものの見事にぶっ潰していく事になった。
「理想主義もいいが、いーかげんにしとかねぇと、墓穴に足突っ込む事になるぞ。俺だって、そういつもフォローしてやれるとは限らねぇんだからな」
「誰がフォローしてくれなんて頼んだんだ。お前こそ、その防弾チョッキがなけりゃ死んでたんだぞ。傭兵ってな、仲間見捨ててでも生き残る事が先決じゃないのか?甘い傭兵もいたもんだぜ」
「悪かったな、おせっかいで。わかったよ。今度テメェが死にかけてたって、一切無視するからな。それでいいんだろ」
「ああ、そうしてくれ。その方が俺もすっきるするぜ」
売り言葉に買い言葉。実際、弾みとは恐ろしい。二人は勢いで睨みあったまま、後の処理を仲間に任せ、それぞれの車に乗り込む事になってしまった。
本部へ戻る車の中で、ドイルは複雑な思いをかみ締めていた。
もともと、ドイルがボーディとのチームを承諾したのは、ボーディが元傭兵だったからだ。
傭兵は生き残る事が大前提である。仲間を見捨てても、というのは言い過ぎかもしれないが、実際、それぐらいの覚悟がなければ生き残れはしない。
そんなボーディだから、少なくともドイルよりは、生き延びる事が上手い筈だ。
命の保証のない仕事だが、出来るなら相棒の死を見たくないと思うのは、当たり前の感情である。特に、ドイルはCI☆5へ来る前に相棒を亡くしているのだから、その思いは切実だった。
ボーディの”殺られる前に殺れ”と言うモットーには付いていけなかったが、その非情さが、実は頼もしくもあったのだ。こいつなら自分より先に死ぬ事はないだろうと。
しかし、その期待がすっかり外れてしまったのだ。
あの時、ドイルを犠牲にすれば、ボーディは無傷で犯人を二人とも射殺できた筈だ。咄嗟にドイルを庇ったボーディの行動は、非情さを装いながら、実は非情になりきれてないボーディの甘さと優しさの表れのようで、ボーディの意外な一面に、驚きと微かな嬉しさを感じたのも確かではある。だが、問題はドイルを庇って撃たれたという点にあった。
もし、ボーディが防弾チョッキを付けていなかったらと思うとゾッとする。ボーディが助けてくれたのは素直に嬉しいが、その為に死んでしまっては元も子もない。
いかに勝手といわれようと、ボーディのその行動に、腹立ちすら覚えてしまうドイルだった。
悶々と悩み続けるドイル。その暗い思考を破ったのは、本部からのコールだった。気を取り直し、無線をONにすると、いきなり、コーレイの切迫した声が響いてきた。
「ドイル!ボーディはどうした」
「え?まだ戻ってませんか?現場で別れたっきりなんですけど」
「お前、一緒ではないのか」
「ちょっとひと揉めありまして…」
「まったく、どうしてそう仲が悪いんだ。いや、そんな事はどうでもいい。とにかくボーディを捜し出せ」
「何かあったんですか?」
「ボーディがSASにいた時、潰したテログループの残党がロンドンに舞い戻ってきとるそうだ。ケラーが見たのだから間違いあるまい」
「まさか、そいつ、ボーディに復讐する為に戻ってきたとか…」
「それ以外に考えられまい。事実ケラーが狙撃されとる」
「ボーディはその事知らないんですよね」
「知る訳がなかろう。だから捜しとるんだ」
「無線は?」
「あの馬鹿、OFFにしとるようだ。コールに応えん」
血の気が引いていくのが、自分でもはっきりわかった。悩んでる場合じゃない。この際、喧嘩は後回しだ。
ドイルは本部へ向っていた車を、タイヤを軋ませながらUターンさせた。
その頃、ボーディはあてもなく車を走らせていた。
本部に戻らなければならない事はわかっているが、今ドイルと顔を会わせるのは、はっきり言って気まずい。あんな風に喧嘩するつもりじゃなかったのにと、自分の口の悪さと短気さを悔んでみても始まらない。
ボーディの脳裏に、撃たれた自分を見つめていたドイルの顔がよみがえる。
どんな時でも、滅多に表情を崩さなかった奴の、あれがクールな仮面の下の素顔だとしたら、とんだ猫っかぶりである。
あの時、相手の思いもよらなかった一面を見つけて、相棒に対する認識を改めようとは思ったのだ。しかし、自分の知られたくなかった面を見られてしまった事へのテレも手伝って、つい、いつものような憎まれ口をたたいてしまった。
ボーディとて、ドイルと同じである。出来れば仲間を失いたくないという思いが、“殺られる前に殺れ”と言う過激な行動に走らせているのだ。一瞬のためらいが自分にも仲間にも死をもたらす事を経験してきたボーディだからこそ、そこでためらってしまうドイルの甘さが放っておけなかった。
撃ちたくないドイルの気持ちは理解できるし、それがドイルの良いところなのだろうが、その甘さが、ドイル自身の死に繋がりかねないのである。
あれこれ考えをめぐらせながら運転していたボーディは、一瞬、飛び出してきた子犬に気付くのが遅れた。慌てて急ブレーキを踏み、どうにか子犬殺しは免れたが、思わずオカマを掘りそうになった後の車から、思いっきりクラクションを浴びせられてしまった。
「うるせぇ!!ちゃんと車間距離とってりゃ慌てねぇですんだんだろーが!ぶーぶーぶーたれんじゃねぇ!」
虫の居所の悪い時だったせいもあって、つい、窓から身を乗り出し、後のドライバーを怒鳴りつけてしまう。
ぶつぶつ言いながら追い越していく車をバックミラーで見ていたボーディの目に、更にその後方の車のドライバーの姿が映った。それを見た途端、ボーディの顔色が変わった。
人の顔の識別には自信がある。あれは、SASに所属していた時分、ボーディが潜入して中から混乱させ、潰したテログループの奴だ。確か、本国に強制送還され、今頃は死刑にでもなっているものと思っていたが、どうやって舞い戻ったのだろう。
自分の見間違いである事を祈りながら、ボーディは車を出すと、ゆっくり、いくつかの交差点で曲がってみた。
そして、その車がしっかりと後をついてきている事を確認すると、覚悟を決めて車をある場所へと向けた。
ボーディが車をつけたのは、廃墟となった工場跡だった。ここなら、誰も巻き込む事無くカタがつけられる。この際、ドイルと喧嘩別れしてきたのは幸いだったといえよう。
相手はたかがテロリスト。サシで渡り合って負けないだけの自信はあった。たとえ、もし、殺られるような事があっても刺し違えるぐらいの事はやってやる。
工場内に車を停め、身を隠し待ち構える。相手は誘いに乗って来る筈だ。だが、どこから来るか…。
ボーディは周囲に気を張り巡らせ、警戒を強くした。
その時、
撃鉄を起こす僅かな音がボーディの耳に聞こえた。咄嗟に身をかわしたのと銃声が鳴り響いたのは、ほとんど同時だった。手近な物陰の飛び込み、間髪を入れず反撃する。一瞬銃声がやみ、その間に、ボーディは少しでも有利な場所へと移動する。どうやら向こうも移動したらしく、あたりは静けさを取り戻していた。
最初の銃弾をかろうじてかわしたつもりだったが、しっかり腕を撃ち抜かれていた。血が滴り落ちているのはわかっていたが、手当てをする余裕はない。第一、この静けさでは、腕を縛る為に服を引き裂く音さえ、自分の場所を敵に教える事になりかねない。
しかし、このままでは、遠からず出血多量で動けなくなる事は間違いない。失血死か、敵に射殺されるのか。どう転んでも、死が待っているだけだ。
まして、コールをシカトして、トーキーを車に置いて来て、完全な単独行動をとっているのだから、応援は期待できない。死にたくないのなら、たとえ無謀な賭けだろうと、自力で、短時間にケリをつけるしかない…。
大きく息をして呼吸を整えると、ボーディは潜んでいた物陰を飛び出した。
牽制の為、銃を撃ちながら走るボーディに、待ち構えていたように銃弾が飛んでくる。それをかわそうと大きな柱の影に逃げ込もうとしたボーディを敵の照準が捕らえた。背中から心臓を撃ち抜かれ、もんどりうって倒れたボーディの体が、数秒の痙攣の後、動かなくなった。
再び静寂を取り戻した空気の中、そいつは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、ゆっくりと動かなくなったボーディに近づいて来た。うつ伏せに倒れているボーディの体を、足で蹴飛ばしてひっくり返す。次の瞬間、何が起こったのか認識する間もなく、男は眉間に銃弾を撃ち込まれていた。
ゆっくり、朽木のように倒れる男を横目に、ボーディは体を起こした。
「残念だったな。これでも悪運だけは強いんだ」
男に捨て台詞を浴びせながら、まだとめどなく出血している腕の傷を縛る為に自らのシャツを裂くと、その下に現れたのは、一日に二度もボーディの命を救った優れものの防弾チョッキだった。それを眺めながらボーディはため息をついた。
「こりゃマジでオヤジにゃ頭あがんねぇな」
コーレイに、「実戦でどれだけ装着者の行動を妨げないかのテストだ。お前ならば、これぐらい邪魔にもならんだろうがな」などと言われてしまい、渋々着込んだものだったが、おかげで今でも生きている。
実際、コーレイがボーディに防弾チョッキをつけさせたのは、確かに実戦テストの意味もあったが、なにより、この無鉄砲な部下を死なせない為だった。チームのコンビネーションが上手くいっていれば、こんな物は必要ない。が、この時点でふたりにそれを期待する方が無理と言うものだ。
本来なら、ボーディよりも実戦馴れしていないドイルに付けさせるべき物だろう。だが、いくら感情的に対立していても、無鉄砲を絵に描いたようなボーディが、相棒の危機を黙って見ている筈がない。ドイルを助ける為飛び出すのは容易に想像がついた。
その為、SASの重装備で実戦をこなしてきたボーディなら、この程度の防弾チョッキが動きの妨げになる筈がないと確信した上で、ボーディにそれを装着させたコーレイの読みは正しかった。
ただ、いつものボーディなら、任務が終了した時点で、こんな暑苦しいものはすぐ脱いでいた筈だ。だが、今日はドイルと喧嘩した勢いのまま車に乗ったものだから、脱ぐ間もなかった。
実際、世の中何が幸いするかわからない。先程の無謀な賭けも、これがあるから出来たようなものだった。
腕をきつく縛り出血を押さえると、ゆっくり立ち上がる。その途端視界がブラックアウトし、危うくもう一度座り込みそうになるのを、ボーディは根性で持ちこたえた。
「やべぇ。吐き気までしやがる…」
どうやら、手当てするまでの時間が長すぎたようだ。予想以上に出血が多かった。めまいを堪え、鉛のように重い体を引きずって歩き出す。ともすれば、その場に崩れそうになるのを、気力だけで支えていた。たぶん、ここでへたばってしまえば、二度と立ち上がれない。こんなところで死んでたまるかと言う意地だけで、ボーディは動いていた。
しかし、車まで後数メートルと言うところで、壁にもたれて体を支えていたボーディは、不意に自分の視線が下がった事に気付いた。いつの間にかその場に座り込んでいた。
「ちっ、後もうちょっとだってのに、俺も案外根性がねぇな」
どうやら気力も限界のようだ。あと少しの距離なのに、それが遠い。
「死ぬのかな…俺…」
ほとんど人事のように呟く。恐怖は感じなかった。いつ死んでもおかしくないようなやばい人生を送ってきたのだ。予定外の死だが、人生なんてそんなものだろう。未練はいっぱい残ってはいるが、ここらで楽になってもいいかもしれない。
ボーディは瞳を閉じ、闇に沈んでいく意識をそのまま手放した。
ドイルがボーディの行方をどうにか突き止め、駆けつけて来たのはそれから数分後の事だった。
車から少しはなれた場所で、壁を背に座り込んでいるボーディを見つけて駆け寄る。顔には死人のように血の気がなかったが、とりあえず息のある事に安堵する。
「ボーディ、おいっ!ボーディ!」
頬を何度もはたき名前を呼び続けると、ようやくボーディの瞳が開いた。
「近頃の天使ってな、人相が悪くなったな。ドイルそっくりじゃねぇか」
「お前、自分が地獄に落ちるとは考えないのか?」
「じゃ、これは悪魔か?」
「生憎ここは天国でも地獄でもねぇ。いつまでボケてんだ!しっかり目を覚ませ!」
もう一度、今度は強く頬をはたかれ、ようやく意識がはっきりした。
「ドイル…?なんで?…本物か?」
「なんだ?どこかで俺の偽者でも出回ってたのか?」
「この間、ロンドン名物のみの市で見つけたぜ」
「それだけ言えるんなら心配ねぇな」
ドイルはトーキーを取り出すと、ボーディを見つけた事の報告と救急車の手配を要請した。
その後、無造作に縛られていたボーディの腕の傷を縛りなおしていたドイルだったが、ボーディが生きていた事への安心感から、つい愚痴をこぼしてしまった。だが、手当てされてるボーディも、素直に育ってはいない。
「まったく。一人で突っ走りやがって。何の為の相棒だよ!」
「ほっとけって言ったのはお前だぜ。だったら俺も何しようと、お前に文句言われる筋合いはねぇぞ」
「ああ、お前が突っ走った挙句に、くたばっちまうのは勝手だがな。死ぬんなら俺とのチームを解消してからにしろ。どんな形にしろ、相棒失うなんてごめんだからな」
「甘ったれんじゃねぇ。仲間失いたくねぇって思ってんのは、てめぇだけじゃねぇんだ。自分が狙われてる事がわかってて、相棒巻き込む馬鹿がどこにいるんだよ」
相変わらず口は悪いが、言ってる事はほとんど泣き言だった。どうやら、貧血で意識が朦朧としているらしい。何を言っているか自覚していないのだろう。おそらく、こんな時でもなければ、聞く事の出来なかったボーディの本音にドイルは苦笑をもらした。
まったく、とんだ猫っかぶりの突っ張り野郎だ。
ドイルがクールさを装ってたように、ボーディも過激さと非情さで、しっかり武装していたわけだ。ドイルと違ってその突っ張り方が半端じゃないのは、踏んだ修羅場の数に比例しているのだろう。
おそらく、そうやって精一杯突っ張って自分の弱さを隠さない事には、傭兵として生き残る事は出来なかったのかもしれない。外見からはそんな弱さなど想像もつかないボーディだが、その中身は、実はドイル同様、仲間を失う事を恐れている、臆病な小心者なのかもしれなかった。
そう考えると、あれ程ついていけないと思ったボーディの過激さや非情さも少しは納得できる。一時はマジでチームを解消しようとまで思った事さえあるが、とりあえず、もう少しこのツッパリ野郎と付き合ってみるのも面白いかもしれない。
既に、ドイルはさっきまで悶々と抱えていた悩みを、何処かへ忘れてしまっていた。どうやったって相手の生死を肩代わりする事など出来ないのだから、失いたくない、と後ろ向きに悩むより、前向きに生き残る努力をした方が、お互い長生き出来そうだ。

病院に運び込まれ、無事手術も終わり、病室へ移されたボーディが麻酔から覚めた時、そこにドイルの姿を見つけ、思わず焦ってしまった。ドイルが助けに来てくれた時の記憶がはっきりしない。薄れそうになる意識と闘いながら、ドイルと何か言い争った覚えはあるが、内容が思い出せない。
泣き言を言ってしまったように思うのは気のせいではないだろう。なぜなら、目の前のドイルの顔が、心なしか嬉しそうに見えるからである。あれは相手の弱みを見つけて、精神的優位に立った者の表情だ。
視線が合った途端、ドイルが嘲笑うように言った。
「猫っかぶり」
「どっちが」
確かに、猫っかぶりと言う点においては、二人とも相手を笑えなかった。お互い、相棒を死なせたくないから、かえって相手を突き放し、意地をはって喧嘩ばかりしてきたのだ。しかし、計らずも知ってしまった相手の本音は、その意地やこだわりが消えていくきっかけになりそうだった。
「俺の墓穴の心配する前に、自分の棺桶の心配しろよな。そんな風に一人で突っ走ってたら、いずれ必要になるぞ」
「悪かったな。俺だってお前が自分の甘さ自覚してる程度には反省してるんだ。ほっといてくれ」
「それが反省してる人間の態度かよ」
「その程度の反省しかしてねぇってこったよ」
「…。お前ね」

二人の言い争いに今までのような苛烈さは見られなかった。が、口調が心持ち穏やかな分、嫌味が増したかもしれない。
その不毛な口喧嘩をさえぎったのは、不意に背後からかかった声だった。
「何をやっとるんだ」
「部長…(汗)」
「ボーディ、お前は一人で突っ走るその癖をどうにかせんと長生き出来んぞ。防弾チョッキがなければ、今日だけで二度死んどるんだからな」
「へーい、以後気をつけま〜す」
ドイルからも散々言われた事を、もう一度コーレイにだめ押しされたボーディがくさる。横でざまあみろと舌を出すドイルに、ボーディが思わず牙をむく。が、すぐにコーレイの視線に気付き、二人とも目をそらして知らん振りを決め込んだ。その結構息の合ったとぼけ方に、つい苦笑を漏らしそうになりながらコーレイが言った。
「ところで、二人とも。そろそろ相棒の気性もわかってきた頃だと思うが、どうだ、やっていけそうか?」
「え?……」
途端に口ごもったのはボーディだった。ドイルがボーディのやり方についていけないと言っていたのを思い出す。が、ドイルはすましかえって答えた。
「俺、このままでいいですよ。じゃ、報告書作んなきゃなんないんで、俺、先に戻ってます」
思わずドイルを振り返り、言葉を失っているボーディを尻目に、ドイルは軽く手を振ると、病室を出て行った。
「どーゆー風のふきまわしだ?」
「俺に聞かんで下さい。俺だってビビってんですから」
「で、お前はどうなんだ」
「ま、あいつに愛想つかされねぇ限り、やっていけんじゃないんですか?」
人事のように言ってのけるボーディに、なかば呆れながら病室を後にしたコーレイの顔には、微かだが満足そうな笑みが浮かんでいた。「どうやら上手くいきそうだな…」
ボーディとドイルなら、息さえ合えば、いいチームになる筈と睨んではいたものの、二人の取り合わせに、コーレイ自身不安を感じてなかったわけではない。だが、二人ともきっかけは掴んだようだ。ならば、今後に期待してもいいだろう。
そして、数年後、コーレイの期待通り、ボーディとドイルのチームはCI☆5でもピカイチのチームになりコーレイの絶対の(?)信頼を得る事になったのである。
(蛇足として、口調に苛烈さがなくなった分、掛け合い漫才と化した、突発性根暗でむっつりスケベのドイルと、お調子人間で赤裸々スケベのボーディの会話は(?)は、コーレイをして、コメディアンと言わしめる程になった事を付け加えておきたい)
|